document female chapter 01

ドキュメント「Female」

Chapter 01「なぜ森川美穂だったのか?」

 彼女のデビューが85年。松井五郎はその4年前に作詞家としてスタートした。それぞれ活動してきた時期を考えれば、これまでに森川美穂の作詞を手掛けたことがなかったのは少し不思議だ。松井のデビュー作はChage & Askaで、そのAskaが彼女のヒット作になる「おんなになあれ」を87年に書いていることを思えば、二人の距離はそう離れていたわけでもない。なのに30年近く接点がなかった。松井が関わっていた安全地帯や工藤静香などの艶っぽい作風を考えると、当時の森川美穂には合わないと判断されたのかもしれない。

 ただ、二人は同じ80年代からの空気を体感しながら活動してきた。それは共同作業がなかったとしても、音楽業界という同じ荒波に身を投じた表現者として、貴重な共有体験だったはずだ。その後アナログからデジタルへ、音楽の聴き方も作り方も大きく変化した。メジャー制作の利点も欠点も経験してきた二人が、2017年に出逢う。思いを形にするという意味で、メジャーだけを頼らない音楽シーンはこの出逢いを後押しした。

 ただ年を重ねるということだけではなく、機が熟すとはこういうことを言うのだろうか。歌手と作家の熟成期間。彼女が歌いたいと思う世界と、作詞家が書きたいと思う世界が一致した。こうして「ビニールの傘」は生まれた。松井の持つ作風と森川の声の存在感。「ビニールの傘」を聴けば、いかにそれぞれの良さが形になったかがわかる。

 森川は近年「歌謡曲」というキーワードを口にしていた。その言葉の意味を松井なりに解釈したのが「ビニールの傘」だったのかもしれない。そこに描かれている世界は、歌謡曲定番の不実の世界である。しかし、松井はこれは不実ではあっても不倫の歌ではないと言う。そもそも不倫のような具体的な関係性の前に、愛そのものに見極めきれない負の要素があるものではないか。松井はそこを森川美穂なら伝えられると思ったと言う。

「抱きしめてくれたとき 心はありましたか」

この一節こそ、森川美穂流「歌謡曲」の根幹ではないだろうか。
新しいアルバムは「female」と題された。
なぜ森川美穂だったのか?
その答えがそこにはある。

text : JD