Chapter 05「それぞれ」についての考察
そのイントロはおそらく、これまでの森川美穂ファンからすれば想定外だったはずだ。無駄な装飾の一切ない美しいイントロ。語るようにはじまる歌。かつてライブで一度だけ歌われたこの曲は、femaleの一曲目として新たな役割を担った。これまでとこれからの境界に位置するのに相応しい曲。息づかいをもきちんと伝えようとする歌い方はただ力を抜くだけでは伝わらない。彼女の進化と言っていい。
松井の歌詞はシンプルな言葉を使っているのに、実は表現が複雑だ。こんなエピソードを聴いた。 冒頭の歌詞「返事はとても短かったから 聞き逃せばよかった」
この部分、当初デモの段階では「返事はとても短かったから 聞き返せばよかった」と森川は歌っていた。ある種の思い込みで、相手がなにを言っているのか聞こえづらくて「聞き返す」のだと理解していたらしい。しかし、ほんとうは相手が言ったことがわかっているから「聞こえなかった」ふりをしているのだ。聞き返すのは情景だが、聞き逃すのには意思がある。この違いだけでも、主人公の心の動きはずいぶん違う。
松井の言葉の仕掛けは歌手にとって表現力を試されるものだ。
femaleの一曲目から様々な仕掛けが施されている。
作詞家と歌手の駆け引き。面白い。
text:JD
森川美穂New Album「female」