DOCUMENT FEMALE CHAPTER 06

ドキュメント「female」

Chapter 06「涙をいっぱいに目にためて 」の挑戦

 スタッフの誰もが驚かされたという一曲。
 通常アルバムの最終選曲は作家のデモ音源を並べて行われる。この作品も作曲家都志見隆自らが歌うデモが用意された。男性声ゆえに森川が歌った場合の想定をしなければならない。その時点では、森川のこれまでの魅力でもある少し凜とした女性像を皆イメージしていたらしい。ところが、山川恵津子が仕上げてきたアレンジは、原曲のイメージとはまったく違った柔らかい女性像を想像させた。まさにfemaleそのものだった。

 美しい水がスローモーションで溢れてくるようなイントロのストリングス。一曲目の「それぞれ」が連続する静止画だとすれば、この「涙をいっぱいに目にためて 」のイントロは、femaleの世界観に聴く者を導くという意味でfilmだ。物語に動きを与える素晴らしい導入部である。

 ただ、歌については簡単ではなかったろう。森川美穂のポテンシャルを持ってすれば、感情的に歌うことは難しくない。しかし、この歌で松井がこだわったのは距離感である。力でぶつけるのではなく、量で積み上げのでもなく、それでいて囁くだけでもない。妙な例えかもしれないが、手が肌に触れるぎりぎり、静電気によって生毛が逆立つような。そんな微妙な距離感。せつない歌ゆえに暗くならず、悲しい歌こそ微笑んで歌えと松井は言うらしい。確かに表情が浮かんでくるボーカルだ。

 さて、この歌を聴いた人は、森川の挑戦をどう受け止めただろう?

text:JD

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